「国際結婚ですもんね。すごいですよね。」 先日、数年ぶりに顔を合わせた知人から、しみじみとこう言われた。わたしは正直いって戸惑った。 わたしがタイ人の家内との結婚を決意した当時、少なくともタイ国内では国際結婚カップルが珍しいものには映らなかった。それが「国際結婚=すごいこと」という一般的な日本人の認識を、やや曖昧なものにしていたのだろう。目に見える範囲の光景に簡単に影響されてしまうのは、いかにも日本人っぽい横並び思想である。そして、そのイメージを引きずっていたばっかりに、「すごいですね!」と言われて戸惑い、われに返ったのだ。 ちょっと初心に戻ってみる。 仮に学生時代の気分で国際結婚を考えてみると、最初に「すごいかも…」と感じるのは、やはり言葉の問題である。なにせ、コミュニケーションが満足にとれなければ、最初の男女の出会いだってそのあとの生活だって成立しないのだ。しかるに、日本人は学校で文法偏重の英語教育と減点法による評価の悪弊にさらされ、英語(外国語)に対して苦手意識が植えつけられている。高校時代のわたしの英語の成績は、それはそれは悲惨だった。日本国内で外国人を相手に英語でやり取りしている人を見かけると、感動に近いものすら覚える。その思考パターンのもとで考えたら、やはり国際結婚はすごいことのような気がしてきた。 でもさ。英語であれタイ語であれ、現地では3、4歳のちびっ子が平気で喋ってるんだぞ。いい歳した大人が道端で遊んでいる幼児から「英語(タイ語)わからないの?」なんて小馬鹿にされてみなよ。負けず嫌いでナルシストなわたしがそのまま引き下がれるわけがないではないか。 じつはわたし、学校でさんざん英語教育にいじめられてきたにも関わらず、英語の日常会話についてはあまり不自由を感じた経験がない。いかに苦手意識が植えつけられていようが、英語しか通用しない環境に飛び込んでしまえば、中学生レベルの文法と高校生レベルの単語で通用するという事実にすぐに気づくからだ。しかも、言いたいことさえ伝われば、中学校で0点になりそうな言い回しでもぜんぜんオッケー。わたしにとって初海外だったオーストラリアでは、タクシーに乗り込んで5分後には、運転手のおじちゃんと爆笑し合っていた。抱く思いが同じなら、最低限の言葉で意思の疎通はできるのだ。その時点で「言葉はどうにかなる」と悟り、当初抱いていた不安と苦手意識は霧散した。 なら、タイ語だって……。 無理。 タイ語と英語の大きな違いに気づいた。英語は、多くの単語が日本語のなかに入り込み、アルファベットだっていたるところで使われている。おかげで潤沢な予備知識をもとに学んでいくことができた。しかしタイ語は日本にほとんど紹介されていない。なので申し訳ないが、日本人には文字として認識できない。ゼロから勉強しはじめるわけだから、英語のようにスッと吸収できるものではない。 一方、タイ人って英語が話せる人が庶民レベルでもたくさんいるんだよね。家内も英会話はオッケー。そのおかげで、わたしはこれから最大の課題となるタイ語の習得を先送りにしたまま、国際結婚への第一歩を踏み出すことができたのであった。
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